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名古屋旅行その3 熱田神宮編

熱田神宮(名古屋市熱田区神宮)参道のご神木の大楠
熱田神宮(名古屋市熱田区神宮)参道のご神木の大楠

  

前号からの続きです。

 

「大須観音編」で燃え尽きたので、熱田神宮編は省略しようかと思ったのですが、

“備忘録”として、研究のために記しておくことにしました。<(_ _)>

 

2日目、伏見駅から地下鉄を乗り継いで、熱田神宮西駅で下車しました。

 

気持ち良い青空のもと、左手に広大な神宮の森を眺めながら歩いていくと、

途中に下知我麻(しもちかま)神社が鎮座していました。

 

変わった名前なので、「どんな神さまかな?」と思ったら、

熱田神宮のご祭神である建稲種命と宮簀姫命の母「真敷刀俾命(ましきとべのみこと)」という神さまでした。

大きな街道に面していることから、古くから「旅行・安全の神」として信仰されているそうです。

 

さらに歩いていくと、熱田神宮西門に着きました。

観光バスで団体客が来ていて、さすがに熱田神宮という賑わいです。

 

私は初めての熱田神宮参拝です。

山田は2006年の尾張神業ツアー(『秘録』26号)以来ですから、20年ぶりになります。

 

正門から拝殿に向かってまっすぐに伸びる参道に沿って、

熱田神宮の由来と歴史を説明したパネルが並んでいます。

 

「神話と歴史でたどる熱田神宮千九百年の歴史」というものです。

 

これを見ると、歴史上のそうそうたる人物たちが熱田神宮に参拝したり、

各時代の重要な出来事と関係しており、その格式と歴史の重みを感じさせます。

 

その中で私が気に入ったエピソードは、平安時代後期、

平清盛によって都を追われた琵琶の名手・藤原師長(もろなが)が、

帰郷を願って熱田神宮の神前で秘曲を演奏したところ、

大神が感動されて社殿が揺れ動き、人々も感銘したという話です(後、罪を赦される)。

 

名手の琵琶の音が大神の心を揺り動かすというところが、

芸術の力の偉大さというか、(平安時代らしい)雅な世界だなと。

(歌舞音曲や鳴り物が大好きな神さまも多いようです)

 

参道の左手に、しめ縄を巻いたご神木の大クスがあります。

弘法大師空海お手植え、樹齢1000年以上といわれます。

 

中が空洞になっていて、神さまの化身である白蛇が(実際に)棲んでいるという話です。

お供えの卵も置かれ、時々顔を出すのを見られたら金運上昇のご利益とか…。

 

「信長塀」を通って鳥居をくぐると、本宮前の広場になっています。

拝殿から、遠くに見える本殿を拝します。

 

熱田神宮のご祭神「熱田大神」とは、

“三種の神器の一つである草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を御霊代(みたましろ)として依らせられる天照大神のこと”

とされます。

 

そして相殿五柱は「天照大神、素盞烏(スサノオノ)尊、日本武尊、宮簀媛命、建稲種命」になります。

宮簀媛命はヤマトタケルノ尊の妃神で、

建稲種命は宮簀媛命の兄であり、ヤマトタケルノ尊の東征に付き従いました。

 

第12代景行天皇の御代、

ヤマトタケルノ尊は東征の途中、尾張国氷上の里に立ち寄り、

そこで尾張国造の娘・宮簀媛命と出会い、結婚を誓います。

 

無事、東征から戻ってきた尊は宮簀媛命と結婚し、

しばらくその地で結婚生活を送りますが、

伊吹山の荒神を征伐しに行くことになり、神剣(草薙剣)を宮簀媛命に預けます。

 

なぜ、神剣を置いていったかというと、

ヤマトタケルノ尊は数々の征伐に勝利してきたため、

徒手でやっつけられるという“慢心”があったようです。

 

『古事記』によれば、

ヤマトタケルノ尊は伊吹山で大きな白いイノシシと出会います。

(もののけ姫の世界ですね)

 

この白猪を「伊吹山の荒神の使い」と思い、大きな声で威嚇(いかく)しました。

 

実は、この猪の正体は伊吹山の荒神だったのです。

 

荒神は尊の侮りに怒り、大氷雨(雹、豪雨)を降らせます。

尊は体力を激しく消耗し、命からがら下山します。

 

その後、尊は回復することなく、三重県亀山市能褒野(のぼの)で亡くなります。

尊のタマシイは白鳥となって、大和の地へ、さらに河内に飛んでいったとされます。

 

伊吹山の荒神の化身・白猪は、『日本書紀』では「大蛇」の姿で現れています。

実は、ヤマタノオロチだったのです。

 

神さまのお話では、

《日本武尊を倒した伊吹山の存在は、ヤマタノオロチです。

それから伊吹山の主神は、祓戸大神の1柱である気吹戸主(いぶきどぬしの)大神です》

ということです。

 

実際、岐阜県不破郡垂井町に鎮座する、

美濃国二の宮・伊富岐(いぶき)神社のご祭神は八岐大蛇(ヤマタノオロチ)という説があります。

 

 

尊の死後、宮簀媛命は神剣を熱田の地に祭りました。

それが熱田神宮の創始になります(113年)。

 

宮簀媛命の没後(195年)、宮簀媛命を祭る氷上姉子神社(名古屋市緑区大高町火上山)が創建されました。

つまり、氷上姉子神社は熱田神宮の起源(元宮)というべき最も縁の深い古社になります。

 

熱田神宮は伊勢神宮に次ぐ格式高い神宮とされ、「国家鎮護」を祈る社であり、

一般の神社とはやや雰囲気が違います。

 

熱田神宮(本宮)では個人の開運や祈願事ではなく、

日本の平和と安寧を祈るのがふさわしい社のようです。

 

※熱田大神については、『秘録』26号で神さまにうかがった“秘事”を書いています。

 

 

拝殿の左手から本殿敷地にそって奥に伸びる小道があります。

 

ずっと歩いていくと、突きあたりに「一之御前(いちのみさき)神社」があります。

こちらには「熱田大神の荒魂」をお祭りしているとのことです。

 

奥まった場所にあるにもかかわらず、たくさんの人々が参拝に来ていたので、

「なにか、パワースポットとして有名なのかな?」と思いました。

 

後で調べてみると、以前は立ち入り禁止の神聖な場所だったそうです。

(2012年から参拝可になった)

 

山田の話です。

「ミロク北辰の大神さまに、一之御前神社におられる神さまのことをうかがいました。

 

《一之御前神社には天火明大神(あめのほあかりのおおかみ)が隠れています。

この天火明大神が熱田神宮の“本来の神”です》

 

天火明命は天照大神の孫神とされ、尾張国一の宮・真清田神社の主祭神が天火明命です。

「元伊勢」として有名な丹後国一の宮・籠(この)神社の主祭神も、彦火明命です。

その子孫が海部氏(あまべし)です。

 

熱田神宮は奥行きが深く、まだまだ謎が隠されています」

 

 

本宮の背後に廻って、ご本殿を近くから参拝しました。

 

背後は周遊できる散策路になっていて、ゆるやかな起伏のある豊かな森を森林浴気分で歩いていけます。

 途中には神池があったり、末社などいくつかのスポットを経て、元の広場前に戻ってきます。

 

次に、「宝物館」を見学しました。

国宝や重要文化財の資料・美術品、刀剣など、貴重な品々が多数展示されていて、一見の価値があります。

 

そのあと、正門方向に歩いていくと、正門の入口近くに別宮や摂社が広場に面して鎮座しています。

 

まず、「別宮・八剱宮」(べつぐうはっけんぐう)に参りました。

 

ご祭神は本宮と同じ、社殿の造りも本宮とほぼ同じ、神事・年中行事も同様です。

(ご神体の盗難防止や、不測の事態に備えるという説があるようです)

 

八剣宮の南西に鎮座するのが、摂社・上知我麻(かみちかま)神社です。

「尾張国造・乎止與(おとよの)命」をお祭りし、熱田の地主神とされます。

(宮簀媛命と建稲種命の父神になります)

 

「商売繁盛、家内安全、学問向上」のご神徳があり、特に“知恵の文殊様”として受験生に人気が高いそうです。

 

ミロク北辰の大神さまのお話では、

「上知我麻神社の隠れ神はアラハバキノ大神威さま」ということでした(『秘録』44号)。

 

そして、その妻神を祭る下知我麻神社は、

「(アラハバキノ大神威さまのペアである)ツボケノ大神威さま」が、隠れ神としておられるという話でした。

 

《大きな神社には古き神々が隠れています。

というよりも、古くからの聖地に神社を建てているのです》

 

上知我麻神社の両サイドに、大国主社(ダイコク様)、事代主社(エビス様)があります。

 

熱田神宮の境内には本宮をはじめ別宮1社、摂社8社、末社19社が祀られています。

これらの摂社・末社に現世利益の神々が祭られているので、

個人の祈願事はこちらで引き受けてくださるのでしょう。

 

 

広大な神宮を歩き回ったので、すっかり歩きくたびれてしまいました。

駅から駅への移動もかなり歩きました。

 

(余裕があれば名古屋城にも)と思っていたのですが、

余裕がないので、午後早めの新幹線で帰宅しました(笑)。

  

今回の教訓としては、「次はレンタカーで移動しよう!」ということです…(-_-;)

 

熱田神宮別宮「八剣宮」
熱田神宮別宮「八剣宮」