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名古屋旅行その2 大須観音で両界曼荼羅のご開運を実感する

 

(その1からのつづきです)

 

八事駅から鶴舞線で戻って、大須(おおす)観音駅で下車します。

駅から大通り沿いに2分ほど歩いて、大須観音に着きました。

 

真言宗智山派別格本山「大須観音」は、

東京の「浅草観音」、三重県の「津観音」と並ぶ「日本三大観音」のひとつとされます。

 

名古屋市中区大須という都心の繁華街の近くにあり、

正式には北野山真福寺寶生院(きたのさんしんぷくじほうしょういん)という寺号です。

 

西門から入っていくと、ちょうど「骨董市」が開催されていて、大勢の人で賑わっていました。

 

明るい朱塗りの大きな本堂「大悲殿」は、昭和45年(1970年)建築ということです。

まず、本堂でお参りしました。

 

ご本尊は聖観世音菩薩さまです。

 

由来によれば、開祖・能信上人が伊勢神宮に百ヶ日間こもり、

『この世の人々が救われるには、どなたをお祀りしたらよいでしょうか』

と一心不乱に祈ったところ、霊夢によって、

『大慈大悲の観世音こそは利益無量、この世の人びとにもっともありがたいお方である』

とのお告げを得たということです。

 

山田の話です。

「昔の高僧は伊勢神宮をはじめ、神社の神々に祈願して、

寺院を開山したり、立教した例が少なくありません。

日蓮聖人も伊勢神宮に百日参りをして、三大誓願を立てられたことは有名ですね。

 

また、仏閣を建てる際、まず地主神を祭っていました。

土地神を大切にするのが基本でした」

 

 

本堂内は暗く、たくさんのろうそくが灯され、線香のケムリが充満していました。

空気が重いというか、線香のニオイがちょっときつい感じでした。

 

境内に降りて、周辺を散策しました。

都心にあるので境内はそれほど広くはなく、

いくつかの建物や参詣スポットがコンパクトに配置されています。

山田が由来の書かれた標識を熱心にながめていました。

 

大須観音の起源は1324年、後醍醐天皇が勅願を下し、

長岡庄大須郷に北野天満宮を造営したことに始まります。

「大須」というのは発祥の地名(岐阜県羽島市大須)です。

 

天皇は能信上人に深く帰依し、1333年、上人を別当職に補し、

北野山真福寺寶生院という寺号を与えました。

後村上天皇も厚く上人に帰依し、天皇家の「勅願寺」となりました。

 

※「勅願寺」とは、時の天皇や上皇の発願によって国家鎮護や皇室の繁栄を特別に祈願する寺のことです。

勅願寺はある意味、日本における“最高の格式をもった仏閣”だといえます。

 

戦国時代には織田信長による寄進もありました。

徳川家康は名古屋を建設経営するにあたり、当寺を現在地に移しました。

 

以来、「大須観音」としてその霊験はひびき渡り、

市の一大中心として繁栄し今日に至っているということです。

 

大須観音は繁華街にあるので、雰囲気としては清浄な修行場のイメージではなく、

人々のさまざまな願いや現世利益の追求、厄除け、先祖供養や水子供養など、

庶民のための祈りの場という雰囲気です。

 

一日の疲れと歩きくたびれてきたこともあり、大須観音を後にしました。

 

その夜、ホテルで山田が今日の感想を話しました。

 

「今日は八事山興正寺と大須観音にお参りしました。

過去に名古屋ではあまりご開運神業はしていないので、

仏閣では人間の煩悩や俗世の影響が感じられたのですが、

ご本尊さま・仏尊さま方は思ったよりもお元気だったのです。

伺ってみたら、去年から両界曼荼羅のご開運をしてきた効果が出ていたのです」

 

2025年3月から5回にわたり、講座の中で両界曼荼羅のご開運をしてきました。

 

「それで今回わかったのが、

両界曼荼羅の中には、たとえば聖観音なら聖観音の“場所”(指定席?)があり、

『前回は浅草寺の聖観音』『今回は大須観音』というように、

いろいろな聖観音さま方がかわるがわる来られているというのです。

 

つまり、毎回同じご存在が来るのではなくて、

同じ場所に入れ替わり立ち代わり、日本全国から、

『今回はあなたが行きなさい』という感じで来ているということです。

 

超天界・天界によるご開運を受けて、両界曼荼羅自体もだんだん大きくなっています」

 

大須の観音さまも3月の講座に来ていたそうです。

 

「大須観音は参詣者が多く活気があるのはいいのですが、

境内の中は人間の欲望や煩悩がモヤモヤしていたのは事実です。

 

しかし、よく観ると、お前立ちの観音さま自体は結構きれいだったのです。

それは、いわば“泥の上に蓮華の花が咲く”ようなイメージです」

 

“泥中の蓮”という言葉があります。

蓮の花は観音菩薩のシンボルです。

「蓮は泥の中でも清らかな花を咲かせる。煩悩の中にあっても清らかに身をたもつ」

という意味です。

 

「私が今回大須観音にお参りしたひとつの目的は、

(街中で俗世間にある仏閣の)ご本尊さまはお元気かなと思っていたのですが、

意外ときれいでお元気でした」

 

ここで、私が質問しました。

「ご開運された観音さまたちは、

『よし! ご開運されたから、これで人々の悩み苦しみを少しでも助けてあげたい!』

と思っていらっしゃるのでしょうか?」

 

すると、大須観音の聖観世音菩薩さまからメッセージが来ました。

 

《その通りなのですよ!

自分は元気にしているから、安心してお参りして、いろいろな願い事もしていいですよ。

 

ただ、なるべく人間も向上心をもった内容の願い事をしてほしいのです。

ただ願い事をたのむだけでなくて、

自分のレベルアップをはかりながら、願い事もするようにするといいですね》

 

山田の話です。

 

「大須観音の観音さまがお元気だったもうひとつの要因として、

“天皇の勅願寺”になっていることで、その誇り(矜持)があるのです。

 

天皇という存在は神社やお寺に位を授ける力があるのです。

そこが、ほかの王家とは違う特殊な力です。

“勅願寺”というのはスゴイ誇りになるのです」

 

特別セッションの初期のエピソードで、

ある「一之宮の大神さま」をお呼びしてご開運した時のことです。

 

その神さまは人間の無理な祈りや厄除けで、本当はヨレヨレになっていたのですが、

《われは一の宮の大神である》という“誇り”があったのです(『秘録』18号)。

 

倒れそうだけど踏ん張って、人間の前では弱っているところは見せないのが、

神仏のプライドだったのでしょう……(T_T)

 

勅願寺とか一の宮、勅願所というのは別格なのです。

それは人間側だけでなく、神仏にとってもすごい誇りになるわけです。

 

 

山田の話です。

「会員さんや皆さんに言いたいのは、

お寺や神社の中にはケガレがあるところもあるけれども、

ご祭神とかご本尊さま、仏尊さまはご開運されてきているので、

そこにいる神仏にきちんと心を合わせて祈ることが大事だ、ということです。

 

神社仏閣自体は人間のネガティブな念の影響でモヤモヤしていても、

自分がきちんと神仏に心を向けていくと、大きな守護をいただけるのです」

 

神業・原則界業での神仏のご開運や、両界曼荼羅のご開運の効果が、思った以上に波及しているということです。

 

「両界曼荼羅の仏尊さま、配下の神々さま、ご存在たち」と設定すると、

こちらが認識していない仏尊や配下の神々までだいたい網羅されています。

だから、とてもいいそうです。

それを通じて、ヒンズーの神々やいろいろなご存在たちのご開運にもなっているわけです。

 

大須観音さまからのメッセージです。

《仏尊たち「陰のご存在」にとって、両界曼荼羅のご開運はとてもありがたい。

日本だけでなくて、世界中の仏尊たちのご開運にもつながっているから、長くやってほしい》

 

 

山田はそろそろ両界曼荼羅のご開運は終わろうかなと思っていたのですが、

効果があることがわかったので、続けることにしました。

 

聖観世音菩薩を祀る大須観音(名古屋市中区大須)
聖観世音菩薩を祀る大須観音(名古屋市中区大須)