上野東照宮と「中尊寺金色堂」展

 

3連休の初日、お天気もよいので、上野まで出かけてきました。

上野の東京国立博物館で開催されている「中尊寺金色堂特別展」を見るためです。

ついでに、まだ行ったことのない上野東照宮にも参拝することにしました。

 

上野は江戸城から見て鬼門(東北)にあたります。

江戸時代の天海僧正が、江戸城の鬼門のこの地に寛永寺(天台宗)を建立したのは、

比叡山延暦寺が京都御所の鬼門に位置したことに倣ったものです。

山号は東叡山(東の比叡山という意味)寛永寺とされました。

 

現在の上野公園一帯を含む広大な地域はすべて寛永寺の境内でした。

天海はこの中に京都を模して、有名な神社仏閣を配置しました。

 

たとえば、天海は寛永寺(比叡山延暦寺を模す)の近くにあった不忍池を琵琶湖に見立てました。

そして、琵琶湖の竹生島に倣って、不忍池の中之島に弁財天を祀りました。

そうして、寛永寺が比叡山と同じ役割を果たすようにしたわけです。

 

上野駅不忍口を出て、最初に清水観音堂に行きました。

清水観音堂は京都の清水寺に見立てて建立されたものです。

ご本尊は京都清水寺から遷座された秘仏・千手観世音菩薩さまです。

 

小さいながら「清水の舞台」もあります。

江戸の庶民はこの舞台から、眼前の「月の松」と不忍池を眺めるのが人気だったようです。

清水観音寺・舞台と「月の松」
清水観音寺・舞台と「月の松」

 

次に、不忍池の中之島にある辨天堂に行きました。

辨天堂は琵琶湖竹生島の宝厳寺(ほうごんじ)に見立てて造られました。

(もとは「聖天」をまつる小さなお堂があったそうです)

 

秘仏ご本尊の八臂辯才天(はっぴべんざいてん)さまは「芸能、音楽の守り神」であり、

同時に“辨財天”ということから「金運」の神さまとしても信仰されました。

境内には福の神としての「大黒天堂」もあります。

 

山田の話です。

「八臂辯才天は8本の腕をもち、宝珠、剣、弓、矢などをもっています。

弁才天はインドのサラスヴァティーという女神からきており、サラスヴァティーは4本の腕をもっています。

八臂辯才天さまがサラスヴァティーさまに近いお姿だと考えられます。

神奈川県藤沢市の江島神社にも八臂辯才天さまが祀られています。

 

大黒天はインドのマハーカーラに由来します。

マハーカーラさまは黒色の体で、憤怒(ふんぬ)の相をしていましたが、

日本に伝わってからは、柔和な財運神に変化しました。

「だいこく」という音から、出雲の大国主大神さまと習合したわけですが、

本来は別のご存在であり、七福神は大黒天さまのことです」

 

次に、東照宮に行きました。

1627年創建で、ご祭神は当然、徳川家康公です。

参道に沿って立つ、大きな灯籠群が壮観です。

金箔や装飾がふんだんに施された豪華な社殿ですが、大きさは意外とコンパクトでした。

 

戊辰戦争、第2次大戦や関東大震災による焼失も奇跡的に免れたことから、

「強運、出世、勝負、必勝、健康長寿」などのご利益があるとされます。

 

なんと、第2次大戦では社殿のすぐ横に爆弾を投下されたものの、不発弾となって無事だったそうです!

これぞ、太平の世を築いた家康公のご威光でしょうか。

東京の中心にあって、江戸時代からの社殿が残っているのは奇跡的ですね。

 

拝殿左手奥のほうに樹齢600年の大きなご神木が見えます。

参道の横には1639年創建の重要文化財の五重塔があり、東京とは思えない景観です。

 

上野公園は広大なので、ここまででかなり歩きました(疲れが……)。

 

山田の話です。

「江戸城(現在の皇居)内には紅葉山という丘に、紅葉山東照宮が鎮座していました。

徳川家の祭祀としては、日光東照宮とともに紅葉山東照宮が重要でした。

残念ながら、明治時代になって撤去されてしまいました」

 

上野東照宮金色殿
上野東照宮金色殿

 

さて、いよいよ博物館に向かいます。

ちょうど中国の春節の初日にあたり、広場では春節祭の大規模なイベントが行われていました。

 

東京国立博物館の本館で「中尊寺金色堂」展が開催されています。

中尊寺金色堂の国宝の仏像11体すべてを、初めて寺外公開とのことです。

20分ほど行列に並んでから、入場できました。

 

会場内は薄暗く、人、人、人でごった返しています。

山田と同時に入場したのですが、お互い行方不明なので(笑)、自分のペースで見学しました。

 

展示物も人がぎゅーぎゅー並んでいて、なかなかゆっくり見ることができません。

 

どうにか、阿弥陀三尊や地蔵菩薩さまのお像を間近に拝観することができました。

ガラスケース越しに仏像の背後にも自由にまわってじっくり拝観できます。

お寺に安置されている時は不可能ですから、こういう機会は貴重ですね。

 

阿弥陀如来さまの座像が中央にあり、両横に勢至菩薩、観音菩薩で阿弥陀三尊です。

観音菩薩さまのまとうゆったりした衣はまるで羽衣のようで、

体の線も優美でふっくらとし、女性的だなと思いました。

若干、勢至菩薩さまのほうが体の線がシャープに感じられました。

 

観音菩薩は阿弥陀如来の「慈悲」をあらわし、勢至菩薩は阿弥陀如来の「智慧」をあらわすとされます。

両者で阿弥陀さまの陰陽のはたらきをあらわすわけですね。

 

山田の話です。

「阿弥陀三尊とは《阿弥陀如来、観世音菩薩、勢至菩薩》になります。

阿弥陀如来さまは三尊でご活躍されますので、三尊を意識して祈るとよいでしょう。

 

さらに、阿弥陀如来さまには《二十五菩薩》という仏尊さま方がついておられます。

さらにそれぞれの菩薩には配下がおられます。

それらの“阿弥陀曼荼羅”をイメージして祈るとより効果的です」

 

前方にいる増長天と持国天の二天の躍動感は素晴らしいです。

ほか、地蔵菩薩さま6体で、全11体になります。

 

とにかく人が多くて、日本人の仏教、仏像、伝統、美術への根強い関心というか情熱をすごく感じました!

 

山田の話です。

「仏像展示に関するミロク北辰の大神さまのメッセージをお伝えします。

 

《博物館に仏像の展示をすることはあまり好きではありません。

なぜなら、仏尊たちは人間から拝まれることで力が湧いてくるからです。

仏像は文化財として眺めるものではないのです。

 

ただし、仏像を通じて、神仏への信仰が芽生えるのならよいでしょう。

また、その仏閣の修理費などの捻出のため、自分たちが展示されることはやむを得ないと想っています》」

 

余裕があれば「本阿弥光悦」展にも行きたいところでしたが、

人疲れしたため、ここで体力の限界となりました(早…)

 

上野駅でお昼を食べてから、帰路につきました。